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小さな庵から、千年先へ――隠修士ハルトカーと、歌を残すということ

9月5日
読了時間: 6分

ある音楽は、誰にも聴かれなければ、そのまま消えてしまうのでしょうか。 あるいは、紙に書き残せば、それだけで歌を未来へ渡せるのでしょうか。

中世の音楽に、古い資料を通して向き合っていると、ふと、音楽を誰かと共有することや、それを未来に残すことが、どれほど不確かなものなのか気付かされる時があります。

また、そうした不確かさを超えて残ったものが、どれほど貴重なものなのか、考えてしまいます。


千年ほど前のザンクト・ガレンに、隠修士ハルトカーという修道士がいました。 修道院の近くで隠修生活を送ったこの一人の人間の名は、今も、歌の写本の名として残っています。


小さな部屋で祈る隠遁生活と、多くの声が重なってきた修道院での日々。その組み合わせには、心を惹かれるものがあります。 今回はハルトカーの物語から、声と記憶と楽譜のあいだを、少し歩いてみましょう。



修道院のそばで、ひとり祈る

舞台は、現在のスイスにあるザンクト・ガレン。ハルトカーはこの地の修道士で、1011年に亡くなりました。修道院図書館の解説では、980年に修道院近くの庵室に入り、入口を閉ざす形の隠修生活を始めたとされています。隠修を始めた年は資料によって異なるため、ここでは「10世紀末から、長く隠修生活を送った人物」としておきましょう。[1]


「隠居した修道士」と聞くと、仕事を退いて静かに余生を過ごす姿を思い浮かべるかもしれません。けれども、ここでいう隠修は、祈りに身を捧げる宗教的な生き方でした。


彼がどんな思いでその生活を選び、毎日をどのように過ごしたのかまで、私たちに詳しく分かっているわけではありません。窓から差す光や、壁の向こうの歌声を想像したくなりますが、それはあくまで、現代の私たちが思い描く情景です。


確かに残っているのは、ハルトカーの名を伝える写本。そして、その中に描かれた、身をかがめて一冊の本を差し出す人の姿です。



一冊の本を捧げる、小さな姿


聖ガルスの前で身をかがめ、本を捧げるハルトカー。右側にHARTKERUS RECLUSUSの銘がある献呈画。
聖ガルスに本を捧げるハルトカー。St. Gallen, Stiftsbibliothek, Cod. Sang. 390, p. 11。Wikimedia Commons/Public Domain。 画像の出典

右側で本を差し出しているのがハルトカー。そばには「HARTKERUS RECLUSUS」、つまり「隠修士ハルトカー」と書かれています。左に座るのは、ザンクト・ガレンゆかりの聖人、聖ガルスです。


これは、ふたりが実際に会って本を手渡した場面の記録ではありません。時代を隔てた聖人に、本を捧げる献呈画です。


大切そうに本を両手で包んで差し出す姿。ひとりの人の仕事が、その人だけの所有物ではなく、多くの人の願いも背負って、さらに未来の祈りの共同体へと渡される。そんなふうに眺めると、隠修士の静けさは、冷たく過酷な「世界との断絶」とは少し違うものに見えてきます。



ひとりの名を持つ本に、いくつもの手

「ハルトカー写本」は、990〜1000年頃のザンクト・ガレンで作られた聖歌集です。現在は同地の修道院図書館に、Cod. Sang. 390と391の二冊として伝わっています。390巻の大きさはおよそ22×16.5センチ。壮大な音楽の歴史を語る本は、意外にも先ほどの図にあるように、手に乗るような大きさであることに驚かされます。[2]


この写本には、修道士たちが日々の「時課」、つまり一日の折々に行う政務日課の祈りのために歌う聖歌が集められています。ミサのための曲集とは役割が異なり、詩編と結びつくアンティフォナなどを収めた、いわゆる「アンティフォナーレ」と呼ばれる書物の形です。[3]


もっとも、ハルトカー写本と呼ばれてはいても、彼が聖歌をすべて作曲し、文字も記号も挿絵も、ひとりで仕上げたわけではないようです。写本研究では複数の写字・記譜の手が検討されており、後世の追記もあります。ひとりの隠修士の名の向こうに、複数の人の仕事と、受け継がれてきた歌の伝統が見えてきます。[4]



文字の上の、小さな線を見てみる

ラテン語の歌詞の上に、五線を使わず細かなネウマを記したハルトカー写本のページ。
ハルトカー写本の記譜例。St. Gallen, Stiftsbibliothek, Cod. Sang. 391, p. 9。Wikimedia Commons/Public Domain。 画像の出典

ラテン語の文字のすぐ上を見てください。短い線、曲線、鉤のような形が、小さく並んでいます。これが「ネウマ」と呼ばれる当時の記譜です。


現代の楽譜を見慣れていると、五線もなく、音の高さをどう読めばよいのか戸惑うかもしれません。ハルトカー写本のネウマから、初めて見る歌の音高や音程をすべて確定することはできません。この記譜法では音の高さは正確に伝えられないのです。一方、音のまとまりや動き、歌い方の細かな違いなど、現代の記譜法では示すのが難しい情報が多数含まれる記譜法で、当時の歌い方を考えるための、大切な手がかりです。[3]


最終的に歌唱することを目的にこの記譜を眺めるときには、この本の外にある情報を参照する必要があります。ハルトカーが生きていた当時、ここに書かれているような聖歌の数々は、修道院の中で記憶され、歌い継がれていました。先に歌を知っている人の声、耳で覚えた旋律、繰り返し歌ってきた身体の記憶があり、音の高さを正確に記譜する必要はなかったのかもしれません。


現代の私たちは、逆に、音の高さについて書かれた後世の資料を合わせて確認して、そのあとでようやくこのネウマで書かれた抑揚を、表現として練りこんでいきます。

ハルトカーの時代の実践を追体験したければ、曲を知っている誰かに、口承で教えてもらうしかないのです。


歌は、ページの中だけにあったのではない。 耳と声のあいだにも、生きていた。

私のレッスンでは、聖歌を教える時、できるだけ最初はお手本のような形で旋律を歌って覚えてもらい、そのあとでネウマを見るという順番を心掛けています。この時代の記譜法は現代のそれとは異なるため、読み解けるようになるには時間がかかりますが、当時の実践を想像して豊かな表現が息づく良い歌を歌うには、記号の名前を覚えなくても大丈夫です。 先生の歌を聞きながら、文字の上の線を指でそっと追ってみる。それだけでも、歌を残そうとした手の細やかさが理解できます。


千年前の声を、そのまま取り戻せるわけではありません。けれども、受け継がれた歌を今の身体でもう一度響かせ、そのあとで古いページに目を落とすことはできます。ハルトカーの物語は、遠い時代の静かな部屋で終わらず、そんな小さな体験へと続いているのかもしれません。


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写本をもっと近くで見る・参考資料

原本のデジタル画像:e-codices|Cod. Sang. 390(冬の巻)

原本のデジタル画像:e-codices|Cod. Sang. 391(夏の巻)

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